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元検事・弁護士粂原研二による刑事事件の実務

無罪事件から学ぶ刑事弁護 その(6)

初期供述 (2)

事件の概要

犯人は、黒色上下ジャージを着用し、赤色の自転車に乗っていた。被告人は、事件の約10分後に現場から1.3キロ離れたコンビニにいた。被告人は、赤色自転車に乗っていて、上下黒色の服を着用していた。そして、被告人の上着の背中には斜めに柄が入っていて、ジャージ様のズボンの左太ももや臀部等には白やピンクで英語の文字が書かれていた。
この事実関係で被告人を犯人であると認定できると思いますか。

被告人は、ある日の午後1時過ぎに、道路を歩行中の女性被害者(13歳)の後方から自転車に乗って接近し、追い越しざまに被害者の臀部付近を着衣の上から右手で触ったとして起訴されましたが、被告人は、捜査・公判を通じ、自分は犯人ではないと主張していました。

検察官は、(1)被害者及び犯行前に犯人を目撃した被害者の友人が、公判で、犯人は被告人であると証言していること(2)被告人は、事件発生から約10分後に事件現場から約1.3キロ離れたコンビニに立ち寄っているところ、本件発生後警察による重点警戒が実施されたのに、事件現場付近で被告人以外に犯人と思われる人物が発見されていないこと(3)被告人は、警察官による取調べの際、自ら「〇〇団地方面には行っていない」などと、犯人でなければ知り得ない事実(事件現場)を述べていること(4)被告人の事件当日の行動に関する説明は極めて不合理であること、等から被告人が犯人であることは明白であると主張しました。

なお、被害者と目撃者は、110番通報によって現場に駆けつけた警察官に対し、犯人の特徴を「40歳位、男性、頭髪黒色モジャモジャヘアー、上下黒色ジャージ着用、赤色自転車に乗車」と説明していました(初期供述)が、公判では、「黒髪、前髪は真ん中に分かれ、後ろ髪は散らばっている感じ、40歳位、服は上下黒のジャージっぽい服で、背中に斜めの柄があり、左太ももの方に白かピンクの何かの文字が入っていた」などと証言し、事件後職務質問を受けていた被告人の着衣等と一致する内容の証言をしました。

裁判所は、
(1)については、被害者が犯人の顔や後ろ姿を観察した際の条件が良好であったとはいえないこと、1回目の面通しは暗示や誘導の危険性の高いものであったこと(職務質問を受けている被告人を目撃者と一緒に乗ったパトカーの中から確認し、被告人の傍らに赤い自転車が置かれていた)、犯人の重要な特徴に関する被害者の記憶は面通しや取調べの過程で変容、具体化した疑いが濃厚であること等に照らすと、被害者が1回目の面通しの際に被告人を犯人であると思い込んだ疑いを否定できないから、被害者の公判証言は信用できず、目撃者についても、ほぼ同様の理由で公判証言は信用できず、両名の証言は、犯人に「40歳位、男性、頭髪黒色モジャモジャヘアー、上下黒色ジャージ着用、赤色自転車に乗車」という特徴があったという限度において信用できるが、いずれも一般的な特徴にとどまり、被告人と犯人とを強く結びつけるものとはいえない
(2)については、本件コンビニは被告人の自宅から比較的近い位置にあって、被告人が本件犯行を行うことが可能であることを示す事実とはいえるものの、犯人性を強く推認させる事実であるとまではいえず、重点警備の人員配置が完了したのは、本件被害から約20分後でその間自転車に乗った犯人が警戒区域から離れたり建物内に隠れるなどして警戒をすり抜けた疑いも否定できず、事件後に現場周辺で被告人以外に犯人と思われる人物が発見されなかったことは、被告人の犯人性を強く推認させる事実であるとまではいえない
(3)については、職務質問の際に警察官から「近く」「北の方」で痴漢事件があったといわれて〇〇団地を連想し、取調べのときに「〇〇団地方面には行っていない」と述べた旨の被告人の公判供述が不自然であるとは断定できず、「〇〇団地方面には行っていない」旨発言した事実は、被告人が犯人でなければ説明が極めて困難な事実であるとまでは評価できず、被告人を犯人であると認めるに足りる決定的な事情であるとはいえない
(4)については、被告人の事件当日の行動に関する説明が積極的に虚偽であると認定することはできないから、その説明内容は、被告人が犯人であることを積極的に推認させる事情であるとまではいえない
と判断し、(2)ないし(4)の間接事実の推認力の程度からすれば、これらを総合しても、被告人が犯人であると認めるにはなお合理的な疑いが残るというべきであるとして無罪を言い渡しました。


ポイント

本件でも被害者、目撃者の証言の信用性が否定され、直接証拠がないことになりました。被害者らの供述が変遷し、具体化されていく経過は前に「初期供述」で書いた無罪事件と同じですし、本件では面通しの方法も極めて不適切でしたが、検察官は、供述の変遷や面通しの方法についてチェックした上で信用性があると判断したのでしょうか。
上記(2)は、警察による警備や捜査が万全に行われて始めて間接事実として主張できることであって、不十分な捜査をしておいて、「被告人以外に犯人と思われる人物が発見されていない」などと主張しているとしたら、大間違いです。警察のミスを有罪立証に使うようなものだからです。
上記(3)の供述がどのような経過で出てきたのかは不明ですが、ちょっとした供述を「犯人でなければ知り得ない事実を述べている」などと主張するやり方は、姑息な汚れた手法であるという感じを抱いてしまいます。当日の行動に関する供述についても同じことがいえると思います。

自転車に乗って着衣の上から臀部付近を手で触ったという軽微な事件であるのに、事件発生から無罪判決が言い渡されるまでに約11か月かかっています。時間と税金の無駄遣いであるといわざるを得ません。



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