乗員、乗客多数が死傷した列車脱線転覆事故です。線路の曲線部分に転覆限界速度を超える速度で進入し、列車を脱線転覆させた運転士が死亡したため、大規模鉄道事業者の安全対策担当役員だった被告人一人が、業務上過失致死傷罪で起訴されましたが、無罪が言い渡されました。
過失責任を問うためには、被告人に列車脱線転覆事故が起こることについての予見可能性が必要ですし、被告人と同じ立場の安全対策担当者に求められる行動基準からの逸脱(結果回避義務違反)が認定されなければなりません。
検察官は、
などから、被告人に予見可能性と結果回避義務違反が認められると主張しました。
この種の事件では、業界の実情を知る被告人、弁護人側に利があり、いろいろな証拠が提出されたと思いますが、裁判所は検察官の主張をことごとく否定し、無罪を言い渡しました。
裁判所は、
等と判断したのでした。
本件については、上訴すべきであるとの意見もありましたが、結局上訴せずに無罪が確定しました。現地では遺族らへの対応の問題もあり、心身ともに本当に大変だったろうと思います。
私は個人的には本件事故について、検察の主張は、「危険なカーブを作ってしまい、ATSを設置しなければいつ事故が起こっても不思議ではない状況であったのに、たまたま何年間もの間事故が起こらなかっただけで、本件事故は起こるべくして起きた事故である」といっているに等しく、一方弁護人側は、「本件半径程度のカーブはどこにでもあり、ATSを設置しなくても普通に列車を運転していれば事故は起こらなかったもので、何年間も事故が起こらなかったのはそのためであり、本件事故は、ある特定の運転士が異常な運転をしたために起こったものである」といっているのであって、軍配は初めから弁護人側に上がっていると思っていました。
遺族や世論の強い処罰要請を受ける中、本件で誰も起訴しないという選択をすることは大変なことだとは思いますが、あくまで法と証拠に基づく冷静な判断が必要だったと思います。
検察官が処分を決する前に、鉄道事業業界の実情についてどの程度の捜査を行ったのか承知していませんが、業界他社の関係者や専門家、所管行政官庁の担当者等から広く事情を聴取する必要があったことは、前記の違法配当事件の場合と同様であったと思います。