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元検事・弁護士粂原研二による刑事事件の実務

無罪事件から学ぶ刑事弁護 その(5)

証拠開示

証拠開示について

今回は具体的な事件から少し離れて、証拠開示について考えてみたいと思います。
カナダの最高裁判所は、1991年、検察が持っている、原則としてあらゆる証拠を、裁判が始まる前に被告人側に開示するよう検察官に義務づける判決を出すに当たり、

「検察の手中にある捜査の成果は、有罪を確保するための検察の財産なのではなく、正義がなされることを確保するために用いられる公共の財産である」

と述べたということです。味わいと深みのあるいい言葉だと思います。
カナダと同じような当事者主義を採用する日本の刑事裁判においては、検察官の手持ち証拠の開示がなかなか進んできませんでした。検察官は被告人・弁護人と対等な当事者として裁判で訴訟行為を行うのだから、検察官が取調請求する意思のない証拠を被告人側に閲覧等させる義務はなく、裁判所は、弁護人から、検察官に証拠を開示するよう命じてほしいという申立があっても、被告人の防御のため特に重要で、罪証隠滅・証人威迫等の弊害を招くおそれがなく、相当と認めるときに開示を命じることができるにすぎないとされていました。私が若いころには、たとえば検察官が目撃者Aの検察官調書の取調請求をせず、Aの証人尋問を請求した場合には、主尋問終了後にやっとAの検察官調書を開示するといった取り扱いが当たり前のように行われていたと思います。しかし、弁護人としては反対尋問の準備のためにはできるだけ早くAの検察官調書を閲覧したいですし、Aの警察官調書があるならそれも閲覧して、供述に変遷がないか、客観証拠と矛盾していないか、不自然不合理な点はないか等を十分検討した上で反対尋問に臨みたいと考えるのが当然でしょう。検察官と弁護人が対等な当事者であるというのは建前であって、警察・検察は、税金を使い、大量の人や物資を動員して証拠を集めるのですから、持っている情報量に弁護人と雲泥の差があることは明らかです。
検察は、過去も現在も、裁判を適正かつ迅速に終結させるためには、ベスト・エビデンス(最良証拠)による立証を行うべきであるとしており、そのこと自体は正しいと思われます。問題は、検察や警察が正しい(信用できる)と考える証拠が本当に正しい(信用できる)証拠であるといえるのかという点にあると思います。

この投稿でもみてきたように、警察・検察の誤った判断によって起訴された被告人に対し、最近でも多くの無罪判決が言い渡されていますし、再審請求事件についても(科学的鑑定の質の向上等の要因があるとはいえ)多くの無罪判決が言い渡されているのを目の当たりにしていると、検察や警察には、証拠を選別し、開示するかしないかを判断する十分な資格がないのではないかと思うようになりました。私が、そのようなことを考えるようになった一番大きな要因は、検事による証拠の改ざん事件でしたし、頻繁に報道される警察による証拠の偽造、調書や報告書の内容の改ざん事件です。そういえば、検事が警察に指示して警察が作成した報告書の内容を書き替えさせたという事案もありました。
検察や警察にとって都合の悪い証拠を隠していると批判されるならまだしも(もちろん、これもよくないことですが)、検察や警察にとって都合の悪い証拠自体を都合のいいように変えてしまったというのですから、これでは捜査書類や証拠物のうち何を信じたらいいのか、捜査書類や証拠物自体が信じられないのではないか、ということになってしまいます。
私自身、驕りがあったと反省していますが、若いころは、Aという目撃者とBという目撃者がいて、AとBの供述内容は異なるけれども、Aの供述が信用できると判断した場合には、Aの供述調書を証拠請求し、開示するわけですが、Bの調書を証拠請求せず、開示もしないのは、決してBの調書を隠しているわけではなく、無用な争点を作ったり真相解明に支障を生じさせたりしないためだと考えていました。検察官は、間違いを犯すことはまずなく、適正な判断ができるのだから、裁判を迅速かつ適正に終わらせるためには、検察官が正しいと判断したAの供述調書だけ証拠請求し開示するのが当然であると思っていたわけです。しかし、捜査機関が故意に証拠を改ざんしていた事実が明らかになってしまったのですから、検察官は、間違いを犯さず、検察官は正しい判断をするという前提が崩れてしまったといわざるを得ません。捜査機関に対する信頼が瓦解したといってもいいかもしれません。検察に長い間いた私ですらそう思うのですから、弁護士はもとより裁判官も捜査機関に対する信頼を失ったのではないでしょうか。
たとえば、このサイトの初期供述の稿で述べた事件では、目撃者の証言の信用性が争われたわけですが、目撃者は被害者と一緒にいた男の人相等について供述を変転させていました。検察官は、目撃者の最終的な供述内容が正しいと判断して起訴したのでしょうが、警察官に対する供述と検察官に対する供述の内容には大きな違いがあることが裁判で明らかとなり、裁判所は、このことも理由のひとつとして目撃者の証言の信用性を否定したのでした。目撃者の警察官調書なり警察官が目撃者から聞いたことをメモしたノートなりが弁護人に開示されなければ、弁護人は有効な反対尋問ができなかったかもしれませんし、裁判官も目撃者の供述が変転していることを知らずに供述の信用性を認めていたかもしれません。この事件を担当した検察官は、目撃者の警察官に対する供述内容が分かる調書等を弁護人に開示したからよかったのですが、検察官が、「そのような調書は存在しない」などといって開示に応じなかったなら、裁判所は違う判断をしていたかもしれません。この事件は上訴審に係属中で被告人が有罪になるのか無罪になるのか分かりませんが、裁判官が証言の信用性を評価するに当たりいろいろな情報を得ておくことはとても大切なことだと思います。
私が裁判官であれば、目撃者がどのような供述をしてきたのか、その経緯や全体像を分かった上でなければこわくて信用性の評価などできないと思いますから、関連する証拠は全て弁護人に開示するよう検察官に勧めると思いますし、できれば検察官から関連する証拠全てを証拠請求してほしいと考えると思います。

ところで、裁判員裁判が始まるのにあわせて公判前整理手続の制度が設けられ、その手続の中で証拠開示が行われることになりました。
検察官は、証拠調請求した証拠以外の証拠であってもその証明力を判断するために重要な証拠、たとえば証人の供述調書や証拠物、検証調書など(これらを類型証拠といいます)を弁護人から請求があれば原則として開示しなければなりませんし、被告人側の具体的な主張に関連する証拠、たとえば被告人がアリバイ主張をした場合の被告人自身が記載した行動メモなど(これらを主張関連証拠といいます)を弁護人から請求があれば原則として開示しなければならないことになっています。もっとも、類型証拠開示請求、主張関連証拠開示請求には細かい要件が定められているので、その要件を具備しているかどうかが争われ、公判前整理手続が長期化する原因になっています。


ポイント

証拠開示は、真実の発見のために極めて重要かつ有効な手段です。同じ証拠でも検察官が見るのと弁護人が見るのとでは意味内容が違ってくることがあり、そのことが契機となって真相が解明されるということもあり得るからです。検察官は、公益の代表者として、かつ、真相を解明する責務を負っている者として、有罪立証にプラスになる証拠だけでなく、マイナスになる証拠をも全て検討した上で起訴しているわけですから、類型証拠開示等の要件を具備しない開示請求であっても、被告人側が閲覧したいと考えるのがもっともであると認められるような証拠は、開示による弊害が具体的に認められない限り、フェアに堂々と任意開示していくべきだと思います。
正に「検察の手中にある捜査の成果は、有罪を確保するための検察の財産なのではなく、正義がなされることを確保するために用いられる公共の財産である」と思うからです。
なお、私が退官するころは、任意開示にかなり柔軟に応じていたように思いますが、検察は今後どちらの方向に向かうのでしょうか、注目していきたいと思います。



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