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元検事・弁護士粂原研二による刑事事件の実務

無罪事件から学ぶ刑事弁護 その(5)

自白 (2)

事件の概要

ある地方で数年前に起きた殺人等事件です。警察は、ある男(X)が犯人であると認められるとしてXを逮捕することの了承を検察に求めてきましたが、結局逮捕を了承しなかった事件です。
ある別荘地で別荘荒しが頻発していたところ、警察官はXを邸宅侵入の現行犯で逮捕しました。一方Xが逮捕されるより前にその別荘地の中の一軒家に住んでいた老女(V)が自宅で首を絞められて死亡しているのが発見されていました。
Xは、警察官による取調べに対し、窃盗目的で別荘に侵入したことを素直に供述したばかりか、Vの殺害も「自白」しているということで、警察は殺人あるいは強盗殺人の容疑でXを逮捕したいという事前協議を検察にしてきたわけです。各地方検察庁には本部係検事が置かれていて、このような事件は本部係検事が担当することになっています。
本部係検事は、殺人等の重大な事件が発生すると、現場に行ったり、遺体の解剖に立ち会ったりするほか、警察から捜査状況についての報告を逐一受け、必要に応じてアドバイスしたり、それらを上司に報告するなどし、事件発生当初から警察の捜査に関わることになっています。
Xは、警察官に対し、「金を盗む目的で、明かりがついていない家に浴室の窓から侵入し、まっすぐダイニングキッチンに行くとテーブルの上に財布があったので現金を取ったところ、隣の部屋で音がしたので家の人に気付かれたと思い、その部屋に行った。その部屋にはこたつがあって、Vが寝ていたので騒がれたら困ると思い、首を絞めて殺した。Vの身体はこたつから出ていて畳の上で寝ていた。」などと供述し、上申書も作成しており、もちろん取調べに当たっては脅迫や利益誘導等はしていないということで、警察は、本部係検事にその旨報告しました。そして残念ながらV宅からは、Xの指紋や毛髪等の客観的証拠は発見されていないということでした。 本件の取調べにおいて、任意性に疑いを生じさせるような事情は認められませんでしたが、問題はXの供述の信用性にありました。遺体発見時、Vの身体は足をこたつの中に入れており、こたつの布団が腹の辺りまで掛けられた状態であって、Xの供述内容とは矛盾していました。また、初めて入った家だというのにいきなり財布のあるテーブルにたどり着いた等というのも不自然である上、財布には大きな鈴が付いていて財布を持てば鈴の音がしたはずであるのに、Xの供述では鈴については何ら触れられていませんでした。
このような問題点があることは、検事に指摘されるまでもなく警察でも気付いていたでしょうが、警察はXが自らすすんでV殺害を供述したという点を重くみているようでした。そこで警察が再度Xを取調べたところ、Xは、「首を絞めるときにはVの身体はこたつから出ていたが、殺害後Vの足をこたつに入れ、布団を掛けた。財布に鈴が付いていたかもしれないが、鈴やその音には気付かなかった」と供述し、その旨の調書が作成されました。しかし、Xの供述調書には供述が大きく変わったことについての合理的理由は録取されていませんでした。
Vをこたつの外の畳の上で殺害した犯人が、動揺したり、慌てたり、興奮したりした異常な精神状態にあったとはいえ、何の目的でVの足をこたつに入れ身体に布団を掛けるといった行動をとったのか想像しにくいところです。Xが初めに供述した際、殺害後Vの足をこたつに入れ布団を掛けたことを忘れていたということはあり得ることだと思われますが、後にその事実を思い出したのであれば、どうしてそのようなことをしたのかについて、「なるほどそうだったのか」と思える説明をしないかぎり、初めの供述にも後の供述にも信用性を認めることは困難であるといわざるを得ないと思います。初めの供述は、客観的事実と異なり、後の供述は合理的理由なく変遷し、誘導された疑いがあるからです。


ポイント

前の述べた自白 (1)の事件はかなり昔の事件ですが、本件は数年前の事件です。同じような事件が発生し、同じような捜査が行われているということです。本件では長時間にわたる過酷な取調べが行われたとか、取調官が誘導して最初の供述を得たという事情は認められません。客観的状況と異なる供述を強制したり、わざわざ誘導して供述させる理由も必要性もないからです。
Xが、本件の犯人である可能性は否定できませんが、客観証拠がない上、殺害を認める供述にも問題があるのですから、本件事前協議の時点では逮捕するべきではないとの判断が正しいものと思われます(仮に財布からXの指紋が検出されていた場合、Vに対する殺人あるいは強盗殺人の容疑で逮捕することを了承すべきでしょうか、検討してみてください)。
本件のような場合、警察は、「本人が殺害を認めているし、逮捕させてもらえれば、きっちり自白させますから、今多少の変遷があっても問題ないですよ」ということがあるでしょう。しかし、検察官には、外部からの圧力に屈することなく、証拠に基づいて冷静に強制捜査の可否・要否を判断する能力と胆力が求められます。本件においても任意の捜査を継続し、疑問点が解消できた段階で強制捜査に着手すべきであると思います。
このような段階で仮にXが逮捕された場合、弁護人としては、Xとの接見を重ね、供述経過や内容を聞き取り、適切なアドバイスをするとともに、捜査機関に対しても身柄の措置を含む適切な捜査が行われるよう活動すべきであると思われます。



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