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元検事・弁護士粂原研二による刑事事件の実務

無罪事件から学ぶ刑事弁護 その(5)

自白 (1)

事件の概要

ある地方で起きた強盗殺人事件です。被告人両名は、共謀し、被害者を殺害して現金を奪ったとして起訴されました。
被告人両名とも捜査段階では、否認と自認を繰り返し、起訴前には一応強盗殺人の事実を認めましたが、一審段階から身に覚えがないとして完全否認に転じ、最終的に無罪が確定しました。
私は、誤解を恐れずにいえば、犯罪事実につき、記憶している限りの真実を任意に述べた自白は極めて重要な証拠であると今でも考えています。事件の真相を知っているのは犯人ですから、犯人が真実を語れば事件の真相が明らかとなり、適正な処罰を行うことができるからですし、誤った刑罰権の行使が行われることもなくなると思うからです。もちろん自白以外の客観証拠は重要ですが、客観証拠をいくら集めたところで、動機を含む事件の真相は解明できないと思います。まして、間接証拠・間接事実から犯罪事実が推認できたところで真相を明らかにできるとはとても思えません。
一般的には、犯罪事実を行ったことを認める供述を「自白」といっているように思いますが、本稿でいう自白は、上記のとおり、犯罪事実につき、記憶している限りの真実を任意に供述することと定義します。
捜査機関が、収集した証拠の範囲で事件の構図を描き、それを認めさせる取調べを行い、認める供述を得て供述調書が作成されてもそれは自白とはいえないと思います。少なくともこの稿では自白とはいいません。その供述によっては捜査機関が把握していない部分を埋めることができない、つまり、事件の真相が分からないからです。自白偏重という言葉がありますが、ここではそういう使い方はできないわけで、供述偏重とか供述調書偏重というのが正しい使い方だということになります。自白は、偏重という否定的意味合いの言葉と結びつくことはないわけです。同じ意味で、任意性のない自白というのもここではあり得ない言葉で、任意性のない供述とか任意性のない供述調書ということになります。
供述が変遷することは当然あり得ることで、変遷があれば供述の任意性・信用性がないということにはならないと思います。真犯人でも嘘をいったり、記憶違いをすることはあるからです。変遷した理由や変遷部分の重要性等が問題となります。同じように客観的事実と異なる内容が含まれているからといってそれがために供述の任意性・信用性がないということにはならないと思います。やはりその理由や重要性等が問われることになります。犯人であれば当然言及すべき事実について供述していない場合もそれだけで直ちに供述の任意性・信用性がないことにはならないと思います。しかし重要な事実について供述がない場合は、よほどの理由がないと供述の信用性を認めることは困難だろうと思います。また、同じ現場にいた共犯者同士の供述に食い違いがあっても、それぞれ記憶違い等をしていることがあるので、それだけでは供述の任意性・信用性がないということにはならず、食い違う理由や食い違っている部分の重要性等が問題となると思います。いわゆる秘密の暴露は、供述の任意性・信用性を認める方向に働く大きな材料ですが、暴露にかかる事実の重要性やそもそも本当に捜査機関はその事実を把握していなかったのか等が問題となります。
「自白」については、上記以外にもいろいろな観点から任意性・信用性の有無・程度に検討が加えられるわけですが、任意性・信用性の存在に疑問があれば、任意性・信用性はないと判断されることになります。疑わしきは被疑者・被告人の利益に判断すべきだからです。
また、被疑者らが虚偽供述をしてしまう理由についてもさまざまな指摘や研究が行われていますが、重要なのは、供述の任意性・信用性を判断するに当たり「やってない者が事実を認めるはずがない」という予断・偏見を捨てることだと思います。やっていない者が犯罪事実を自認した例は枚挙にいとまがないからです。

さて本件強盗殺人事件に話しを戻します。
被告人両名は、あらゆる事項について詳細な供述をしながら、さしたる理由なしにその内容を変更していましたし、特定の事項について警察官に対する供述と検察官に対する供述で内容が異なっているということもありました。供述が一貫していたのは、被害者の遺体の状況から容易に推認できる殺害方法の基本的な部分だけであり、この点についても具体的、詳細な状況については供述に変遷があり、被告人両名の供述内容にも食い違いがありました。特に捜査機関側が証拠によって確定(推認)できない事項である、被害者方に行くまでの経緯、奪った金額、奪った物、奪った場所、現金の分配金額、分配した場所、被害者方からの逃走状況等については、供述内容が著しく変転し、いったい何を言おうとしているのか分からないような状態でした。
また、重要な客観的事実と異なる(疑いのある)内容の供述が見られました。
さらに、本件においては、犯行の最中に現場の状況が激変したと認められ、その場にいた者であれば、当然その状況について詳細に供述して然るべきであると考えられるのに、その状況についてのリアルな供述がなされていませんでした。秘密の暴露といえるような供述も認められませんでした。
被告人両名の供述は、このようなものでしたが、この裁判に関わった多数の裁判官が、これを任意性・信用性のある「自白」であると認定していました。しかし、私にはこれが自白であるとは到底思えません。


ポイント

供述の任意性・信用性の判断は困難な課題です。本件において、ある裁判所は、被告人の供述が変遷した理由を何とか説明しようとして、「捜査段階で故意に供述を変転させておけば、裁判で争うと通用すると被告人が考えたからだと推認できる」と判示していましたが、とても合理的な説明だとは思えません。ここまでして供述の信用性を認めたがるのは、供述証拠を評価しているというより、有罪の結論が先にあるからだろうと思わざるを得ませんでした。
本件はかなり昔に発生した事件ですが、今発生したなら裁判員裁判対象事件であり、警察でも検察でも取調べの録音・録画が行われることになりますので、任意性・信用性の判断に有効なツールが与えられることになります。少なくとも、信用性の判断に苦しみ、上記のような無理な説明をする必要はなくなると思われます。
現在においても自白は重要な証拠です。真相を解明するため、捜査機関には、録音録画の下においても自白を獲得できる実力を涵養してもらいたいと思います。被疑者に対しインタビューのようなことをしていたのでは真実を語ってもらうことは到底できないと思います。



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